一人息子はやはり大変でした

wakareta

私がH君と交際していたのは、大学時代の1年半でした。話をするようになったのは3年生になる直前の春休み、学科の希望者だけで京都へ教授方と一緒に修学旅行に行った時でした。

H君はその修学旅行の幹事を務めており、何かと大変そうでしたが、京都にいる間は各自自由行動だったので話もしませんでした。

その後、キャンパス内で会うと挨拶するようになり、次第に話しをするようになり、彼の友達や私の友達と4人位で遊ぶことが多くなりました。

そして、私とH君は付き合うようになりました。

当時は携帯の無い頃だったので、恋人同士は自宅に毎日のように電話をするものでした。その電話なのですが、H君のお母様は段々私に対して無愛想になってきたのです。彼に聞いても別にお母様が私を悪く言ったりすることはないそうです。

彼が一人息子だから心配されているのかなと思いましたが、こちらからは電話しづらくなりました。

そして卒業式の翌朝のことでした。私達はみんなでオールナイトで飲み屋や喫茶店で一晩を過ごしました。

家に帰ると妹が、H君のお母様から電話があり、H君や私はどこにいるのかと慌てたように聞いてきたというのです。妹が

「わかりません」

と言った所、

「お嬢様がどこにいるかわからないなんて!」

と軽蔑するような言い方をしたと言います。

彼が卒業式の翌日、就職した会社に呼ばれていたので、お母様は朝になっても帰らないと慌てていたようです。私は折り返しお母様に電話をして、彼が今日出社することを覚えていたことを話すと、ものすごく安心したようでした。

でも、これには私も呆れました。こちらを悪く言うより、自分こそ息子の居場所位掴んでおくべきでしょう。

とても嫌な思いをし、卒業して会う機会も減り電話もしづらくなったので、いつの間にか別れる形になりました。

ただ、その後も年賀状だけはやり取りしていました。

そして、ある年、何故か2人共年賀状に自分の携帯のアドレスを書いたのです。それからメールのやり取りが始まり、1年程経った時、大学で会うことになりました。卒業してから3年程経っていました。

それからまた段々と親しくなり、今度は自宅に電話を掛けることもなかったのでまた付き合うようになりました。

ただ、2年程付き合ったところで、私はそろそろ適齢期を過ぎようといましたが、彼は結婚についてはいつも言葉を濁していました。結局は結婚する気の無い男性といつまでも付き合っていられなくなり、その頃知り合った男性と色々な面で合う面が多く、交際を申し込まれたことで、H君とは別れることにしました。

やったこと。

特になし